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ケガを乗り越え手にしたもの

 

苦しんだ分だけ、笑顔は輝く。

 

日体大の鶴見虹子が復活を果たした。

424日から行われた全日本個人総合選手権。

予選ではほぼノーミスの演技で2位。続く決勝は平均台で2度の落下などはあったが、それでも5位に食い込んだ。

誰もが待ち望んだ日本のエースがついに戻ってきた。

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最終種目のゆかの演技を終え応援席に向かって手を振った鶴見は、ゆかからおりた瞬間、溢れ出す涙を止めることができなかった。

その場から動くこともできず、ただただ泣き続け、仲間に支えられながら奥へと姿を消した。

「悔しいのと、ちょっとホッとしたのと、両方あったかなと思います」

涙の理由をそう話した。

 

2012年のロンドンオリンピック後の13年に右足首の靭帯剥離、14年には左アキレス腱の断裂により手術を受け、試合に出場することは疎か、練習さえできなくなった。

状態が回復してもゆかと跳馬は、足への負担が大きく、今でも満足な練習はできていない。

試合後、「疲れました。2日間試合する体力がなかったです」と話し、その疲れが2日目の平均台の演技にも影響した。それでも「平均台で大過失を2回もしてしまったところは、体力がなかったとはいえ、悔しい部分もあった」と課題も見つかったと話す。

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鶴見は14歳のときに全日本選手権個人総合で優勝するとそこから6連覇し、その間16歳でオリンピックに初出場を果たすなど、長く日本女子体操界をけん引してきた。

だがそれは、責任と重圧との戦いでもあった。

「オリンピックの前の練習でも“やらされていた”ときもあったと思います。いやいややっていたというか・・・」

結果を求められる重圧から、まだ高校生だった鶴見のなかで体操は楽しいものではなくなっていった。

そして少しずつ笑顔が消えていく。

「(高校生のときは)笑わないと決めていたわけではないんですけど、普段の練習中でも笑わなかったので 。プレッシャーですか?それもありますよね。ずっと優勝していた時はやっぱり『優勝して当たり前』と思われていたところがあるので、必死な部分もありました」

 

だが、あるきっかけから笑顔の大切さにも気づいていく。

そのきっかけが田中理恵の存在だった。

「理恵ちゃんはすごく表現がうまかったので、一緒に練習していて、『理恵ちゃんみたいに表情がいいほうが印象はいいのかな』と思うようになりました。やっぱり審判も人間なので。そういうところは大学に入ってから頑張るようになりました」

田中は2010年の世界選手権で最も美しい演技で観客を魅了した選手に贈られる「ロンジン・エレガンス賞」に輝くなど、その演技と笑顔で人気を集めた。

そんな田中を見て「大学生になったら、ちょっと表情もつけられるといいな、と思うようになった」という。

そして田中が大学院生として在籍する日体大に入学。だがすぐには変わることができなかった。

そんなとき「理恵ちゃんと一緒に練習しているときに『そんなぶすくれてるより笑ってるほうがいいよ』と。そういったこともあってできるだけ笑おうと意識するようになりましたね(笑)」と田中からかけられた言葉を振り返った。

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そんな鶴見を襲った度重なるケガ。

体操ができない。

大学生になり、新たな自分を見つけようと歩みだしたばかりの鶴見に訪れた、大きな大きな試練となった。

 

だが、この経験が鶴見をさらに成長させることになる。

「ケガをしたことで、自分から考えて練習するようになったという部分も成長したかなと思います。ちょっとは体操自体を楽しむようになったかな」

体操から少し距離を置くことで気づいたことは、それだけでない。

「今まで“試合に出るのが当たり前”だったのが、“試合に出たいけど出れない”状況に立って初めて『試合に出るってすごいことなんだ』ということを学んだので、11回の試合を大事にしようと思うようになりました」

ケガをして初めて“大学生としてチームで動く”ことを経験できたことも大きかった。

 

名門・日体大の体操部には多くの部員がいる。だが試合に出られるのは数名だ。

毎日きつい練習をこなし、努力し、試合に出るためにたくさんの我慢をする。

それは全員同じ。

それでも、応援席で仲間に声援を送る人数の方がはるかに多い。

 

当然だが、選手と応援メンバーでは試合当日の動きが全く違う。

選手は仲間の期待と学校を背負い、戦う。

そのための準備として、試合時間にあわせた動きをするが、応援メンバーは何十人もいるメンバーが座れる席を準備をするために、早朝から会場に並び、試合までの時間を過ごす。

選手が練習を始めれば、選手が気持ちよく試合に入れるように声援を送る。

チームスタッフは選手が試合で最大のパフォーマンスをできるように、目を配り、気を使い、声をかけ、環境を作る。

確かな才能と実績を兼ね備える鶴見は、チームに欠かせない大黒柱として1年時から選手として動いてきた。だがケガをしたことで、選手をサポートする立場を経験。

応援席に座り声を枯らせたとき、鶴見は試合に出られる尊さを知った。

応援される喜び、その声援に応える大事さを感じた。

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2014年11月に行われた全日本体操団体選手権大会では、段違い平行棒と平均台のみの出場となったが、優勝に貢献し笑顔を見せた

 

 

26日の決勝では平均台で2度の落下があった。

「いっぱい応援してくれていたので。平均台でいい演技ができなかったのがちょっと申し訳ないなって」応援席から聞こえる仲間の声援に応えながら、かつて背負っていた重圧とは違う責任感が芽生えていた。

 

多くのスタッフや仲間に支えられ、試合に出られていることを知った。

やらされるのではなく、自分からやりたいと思えるようになった。

 

それはきっと復帰した今だから、感じることができたのかもしれない。

高校生がピークと言われる日本女子体操界だが、鶴見の存在はまだ色あせてはいない。

2日目は失敗してしまいましたが練習を積めていた平均台で、1日目は結構点数を出してくれていたので、それを見て(世界選手権の)代表になりたいという思いも強くなりました」

調整不足を感じつつも、確かな自信も手にした。

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復活を果たした鶴見の頬をつたった涙。

それは日本女子体操界を明るく照らす光なのかもしれない。

NHK杯までの課題はとにかく体力。体力をつけてもう少し余裕ができれば、まだ上にいけると思うので。NHK杯は優勝したいです」

 

日本女子体操界には、鶴見がいる。

 

 

TEXT:CHIHARU ABE

 

About chiharu

駆け出しスポーツライターとして某野球雑誌を中心に活躍中。大学時代に体操競技に携わり、それ以来、”体操愛”に目覚める。独自の人脈で”体操”に関する様々な情報を収集する。

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