Home / Column / 植松鉱治 放物線の軌跡

植松鉱治 放物線の軌跡

植松鉱治がコバチをできるようになったのは中学3年の時。

コールマンを覚えたのが高校2年の時だった。

誰も試合でやったことがないことをやりたかった。

「できたらかっこええやん」

そんな思いから取り組み始めたコバチ〜コールマンの連続。見ている人に楽しんでもらいたい、その気持ちがチャレンジへの原動力となった。

植松鉱治のコールマン
見ている人に楽しんでもらうため。それが植松の原動力となった。

 

初めて試合で使ったのは2005年、大学1年の全日本種目別選手権。先生には「試合前の練習で持てなかったらやるな」と言われて必死でつかんだ。

試合でも成功はしたものの、前年のアテネオリンピック団体金の立役者、冨田に僅差で敗れた。

社会人となり5年目、2013年の全日本種目別決勝でもコバチ〜コールマンをやった。コールマン〜コバチ〜ゲイロードIIの3連続にも取り組んでいたが、試合では安全策をとった。コバチ〜コールマンはすでに植松にとって安全牌となっていた。それほどまでに熟練していた。

翌2014年の全日本種目別決勝では屈伸コバチ〜コバチ〜コールマンの3連続にチャレンジしたが、惜しくもコバチで落下。3連続はならなかった。

そして2015年の全日本シニア選手権。この舞台で植松は誰もやったことがない連続技に挑もうとしていた。今のルールでは、はなれ技は4回しかできない。その全てをつなげる究極の連続技だ。

 

屈伸コバチ  〜  コバチ  〜  コールマン  〜  かかえ込みゲイロードII

 

終わった時はこれまでにない高揚感に包まれた。新たな成功体験が選手としての価値観を変えてしまった。

植松鉱治ガッツポーズ
植松鉱治は最後までチャレンジし続ける

 

植松鉱治は今回の全日本団体選手権をもって引退する。

最後のチャレンジは、下り技の伸身ルドルフ。4年前にこの技で前十字靭帯を切ってからは封印していた。

見ている人に楽しんでもらうためのチャレンジ。

植松鉱治が挑み続けた放物線が、今ここに着地する。

 

TEXT : Masaru “TAROKEN” Maeda

About taroken

GymnasticsNews Radio Showのメインパーソナリティ、ライター。 学生時代に体操の選手の経験あり。体操ファン歴は中学生時代から。 静岡県体操協会男子3種審判資格あり。 ポッドキャスターとしては体操の他、Apple製品、IT関連、鉄道系の番組にも出演中。

Check Also

村上茉愛

金メダルをお待たせ。

「4年前が一番メダルが取れるっ …