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選手とコーチの絆

コナミスポーツ体操クラブでヘッドコーチを務める森泉貴博コーチはいう。

「身長もあって、体重もある選手というのは長く続けるのが難しいんです。肩とか腰をケガしやすかったり、痛める場所が多かったりしてしまうので。ものすごく力があるかちょっと小柄で体重が軽い選手は長持ちするんですけどね。日本の体操界の中では身長もあって体重もそこそこある選手なので・・・」

植松鉱治が引退した理由は年齢だけではなく、そういったこともあるのかもしれない、と分析した。

植松自身も「すごくお世話になった方」と語る森泉コーチ。「技術的な面でこういうふうに体操ってやればいいんやっていうのを教えてもらった」という。

“同期”でもある2人の二人三脚は1年目から始まっていた。

植松鉱治

 

森泉 僕は北京オリンピックまで、オリンピック委員会の専任ヘッドコーチをしており、KONAMIにコーチとして入社したのは北京オリンピック後なんですよ。なので、植松の入社と重なっているんです。学生時代から何度か話はしていて、やっていることはすごく上手にできるんだけど、なぜか試合ではポロポロ(とミスを)してしまっていた。でもそれがしっかりできて開花したのが、北京オリンピックの年の内村(航平)に勝ったインカレ。そこでちょっと自信をつけて(KONAMIに)来たんでしょうけど、入社1年目はユニバーシアードも世界選手権の代表にも入ることができなかった。その後、演技構成についてだったり練習の仕方について話をしながら取り組んできたんです。

 

植松の実力から考えれば多少のミスがあったくらいでは、ユニバーシアードの代表から落ちることはまずない。「もっと初めから気付けるはずやのに、そのときは変なプライドとかいっぱいあったんやろな。コーチからやりなさい、と言われてもやりません!って言ってたんやけど、その冬からはしぶしぶやることになった」と植松は当時を振り返る。

その練習は、世界一の“演技構成”だ。

森泉 やっぱり一番得意なのが鉄棒なので2009年当時の鉄棒の世界一の演技構成を調べて、そのときは中国の鄒 凱(ズウカイ)だったんですけど、それよりも0.1高い演技構成を作って、「この構成をやりなさい」と言いました。「植松ならできるでしょ?」と。今までやっていた技の順番とかを組み替えちゃったので最初はできませんと言っていたんですけど、「でもこれができたら世界一になるんだぞ」と話をして。

 

植松はそのときのことを振り返る「こんな技をやったらええんちゃう?と言ってくれる。それを言ってくれるということはほんまにできそうなんやろな、と」

いろんな技を提案してきたわけではないからこそ、説得力があったのだろう。植松の特徴や実力を知り尽くし、2人の間に信頼関係があるからこそ、新たなことに挑戦することができたのだ。

得意種目というだけあり、練習を次々に消化。すると翌2010年に世界選手権の代表に選出された。世界選手権では種目別の決勝まで残ったものの、落下などもあり、惜しくも表彰台には上れなかったが、確かな手ごたえと自信を手にする。

そして植松の鉄棒が日本のトップレベルだということが国内の選手、コーチに認められ、その自信は確固たるものになっていったのだった。

 

森泉 そうなってくると、他の種目も良くなっていくんですよね。体操ってそういうものなんです。男子は6種目ありますが、なにかひとつ得意な種目のレベル上がると連鎖反応で他の種目も少しずつ良くなっていく。なのでいかにして不得意な種目を現状維持させながら得意な種目のレベルをあげるか。そして不得意な種目を上昇させるか、ということが大事になってくるんです。不得意な種目に関しては、アドバイスをしっかりしていって、とにかく失敗しないように練習をさせる。得意種目のように0.3、0.5と上げれば失敗してしまうので、0.1上げて、それが安定するまで何年もやっていく。

 

そのようにして植松は世界選手権でリベンジするために階段を上がっていったのだった。

だが、植松の成長曲線の中で森泉コーチが一番のターニングポイントと話す大ケガを負う。2011年4月。鉄棒の練習中に降り技の着地に失敗し右膝の前十字靭帯を断裂。

だがこのケガが、植松をさらなる高みへと導くことになる。

 

森泉 普通であれば社会人でケガをしてしまうと、復帰する意欲がなくなってしまったりするんですけど、植松の場合は真逆でした。「復活してもう一回代表になる。とにかくロンドン(五輪)の代表になるんだ」という意識がものすごく強かったので、リハビリもものすごくやったし、復帰するのも早かった。それが植松の強さですよね。

 

もちろんそこにはKONAMIの専属ドクター、専属トレーナーの支えがあったことは言うまでもない。選手生命を揺るがす大きなケガにも関わらず、1年で復帰した植松の存在がモデルケースとなり、「KONAMIの専属ドクターはどういう人なのか」という問い合わせが相次いだという。

それだけ、植松の復活は体操界にとっても大きな出来事だったのだ。

 

 

大ケガの引き金は、鉄棒の降り技「伸身ルドルフ」だ。

ケガ以降、一度もその技を試合で使わなかったのは、森泉コーチによる禁止令が出ていたから。

だが、植松の引退試合となった2015年の全日本団体選手権で、この降り技で、植松は自身の体操生活を締めくくった。

この演技構成を成功させたのは、後にも先にもこの日、1度だけだった。

 

森泉 昨年(2014年)あたりから引退という言葉がちらついていたこともあり、植松もやりたいと思っていたみたいだった。本人がそこ(引退試合)でやりたいというのであれば、ここで抑えることはもうできないし、最後はちゃんとやらせてあげたいな、と。まあ、禁止にしていたときは中技をとにかく濃くしよう、ということで、離れ技を2回3回4回とつなげるなど、そういったことにも取り組めたからこそ、あの演技構成が成立していったのかな、という気もしています。

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最終種目の鉄棒に行く前、植松は「どうしたらいいですか?」と森泉コーチに尋ねた。鉄棒で予定していた3回連続離れ技はしない方がいいのか?と。

この日ミスが相次いだKONAMIは優勝が厳しい状況になっていた。「やっぱりチームとして勝ちにこだわる、というところは全員一緒なので」と森泉コーチ。失敗のリスクを避けたいところだったが、決断は「負けているんだから、抑える必要はない。攻めていくしかない」だった。

 

「やりたいと言ってここまできたんだから、やって成功させろ」

 

そう言って、植松を送り出した。

1番手で演技した植松はその構成を見事に成功させ、鉄棒はKONAMIの3人ともノーミスだった。

 

 

ケガにより失ったものは大きかったが、得たものも同じほど大きい。

このケガがなければ、2015年の全日本シニア体操競技選手権大会で披露した4回連続離れ技の成功はなかったかもしれないのだから。

 

 

森泉 やっぱりもう一度世界に出ていって頑張ってほしいなという気持ちはあります。僕らスタッフ陣の力がもう少しあれば、2010年以降、彼をもう1度世界選手権の代表に出せてあげれたのかな、とも思いますしね。やっぱりあの鉄棒を世界の場で披露させてあげたかった。

 

 

 

全日本団体選手権で連覇を逃したKONAMI。チーム内に少しずつ、世代交代の波が押し寄せている。最も近くでチームを、そして植松を見ていたからこそ感じる、KONAMIというチームにおける植松鉱治の存在とは。

 

森泉 内村という軸があったにせよ、雰囲気作りとかそういった面においては、植松というのは絶対に必要な存在だったんじゃないかな。個人の意識が高くて、試合中も自分のことに集中しやすいタイプだと思うんですよ。でもそういった面を出さずに周りを盛り上げて、緊張しているんでしょうけど、それでも周りを助けていくような。内村や山室(光史)もそうですが、トップのほうにいる選手というのは自分で動いて見本を見せて若手を引っ張るんですね。そういったところで若手がもう少しついていければいいなあ(苦笑)。でも植松は本当にいい見本というか、いい先輩だったと思います。

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最後に、引退した植松に送るメッセージをいただいた。

 

森泉 トップのほうにまで上り詰めながら、引退しなきゃいけないんじゃないか、というくらいの挫折感を味わって、それでもそこから復活した。アップダウンは激しかったけど、そういうことは体操をやめてからのほうがもっとあると思うので、今まであきらめずに体操をずっと続けてきたということを生かして、今後、新たな道で再スタートしてほしいなと思っています。

 

 

2人が歩んだ7年間は23年という植松の体操人生の中ではわずか1/3程度だ。それでも、最も濃密な、今後の人生を左右するような時間だった。

森泉コーチが植松の体操人生を輝かせた一人であり、このときに築いた信頼関係と絆が、一度違う道を歩む2人を必ずどこかで引き合わせることになるだろう。

そのときがなるべく早く来ることを願いながら、どんな形で再会するのか楽しみに待ちたい。

 

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TEXT : CHIHARU ABE

PHOTO:SOHTA KITAZAWA

About chiharu

駆け出しスポーツライターとして某野球雑誌を中心に活躍中。大学時代に体操競技に携わり、それ以来、”体操愛”に目覚める。独自の人脈で”体操”に関する様々な情報を収集する。

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