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ベルニャエフはコバチをできるようになったのか?

2013年4月7日、駒沢体育館の記者会見場は間延びした空気に包まれていた。

申し訳程度に集まった取材陣から出る質問は途切れ途切れで、その内容も型どおりのものに過ぎなかった。この優勝者に興味を持っている記者は、ここにはほとんどいないように思われた。

わたしは仕方なく積極的に手を上げて質問をつないだ。今回がプレスとして初めての取材で、よもやベテランの記者陣に囲まれて質問することになるとは思ってもみなかった。

正面に座っているのは今回のワールドカップ東京大会個人総合で優勝した19歳の丸刈りの青年、オレグ・ベルニャエフ(ウクライナ)。出場予定だった内村航平は欠場し、オレグと同い年の加藤凌平が日本の看板を背負って戦ったが、一歩及ばなかった。

わたしはオレグの鉄棒について質問した。当時すでに主流になっていたコバチやコールマンなどの、鉄棒の上で宙返りするはなれ技が一つも入っていなかったからだ。オレグはこう答えた。

「コバチはできないんだ」

単純明快かつ意外な返事に少々面食らった。

内村についてどう思うかという質問には「いつか機会があれば戦いたい」という答えが返ってきた。

程なくそれは実現することになるが、わたしはそれよりもこの青年がいつコバチをやるのか、それがずっと気になっていた。

 

男子体操競技において、個人総合や団体総合などの6種目の合計点で争われるものでは、ゆかと鉄棒が得点の稼ぎ所となる。何故ならこの2種目だけが、高難度の技を連続することでその都度0.1から0.2の加点を得られるからだ。またそれに加えて鉄棒は、他の種目と比べて高難度の技を取り入れやすい。

鉄棒ではG難度のカッシーナがよく見られるが、ゆかでG難度というと白井健三のリ・ジョンソンくらいだろう。

そして鉄棒で行われる高難度のはなれ技の多くがコバチの発展系である。コバチは鉄棒を越えながら後方宙返りをして再び鉄棒をつかむ技だが、鉄棒を得意とする選手のほとんどが構成に取り入れているF難度のコールマンは「かかえ込みコバチ1回ひねり」だ。それを伸身にするとカッシーナになる。

「屈伸コバチ」「伸身コバチ」はどちらもE難度である。「かかえ込みコバチ」になるとD難度で、ここまで難度が下がると鉄棒が得意な選手は使わない。D難度なら伸身トカチェフやヤマワキなど、伸身で鉄棒を飛び越すだけの、リスクが低い技で十分だからである。

そのためコバチの発展技をより多く取り入れ、さらにそれを連続することで鉄棒で高得点が狙えるようになる。鉄棒で世界トップクラスのDスコア記録を持つ植松鉱治やユプケ・ゾンダーランドは、コバチの発展技を3連続や4連続することでDスコアを上積みしていった。

逆に言えば、コバチができないと鉄棒で高得点を狙うのは難しくなる。トカチェフやヤマワキのような飛び越し系のはなれ技だけでは限界があるのだ。

 

2015年のグラスゴー世界選手権個人総合。この時すでにオレグ・ベルニャエフは6種目合計のDスコアで内村を抜いていた。しかし得意のはずのあん馬で大きなミスが出てしまい、安定した演技で金メダルに輝いた内村航平には遠く及ばず4位という結果に終わった。鉄棒のはなれ技はトカチェフやヤマワキなどの飛び越し系のみだった。

そして2016年リオデジャネイロ・オリンピック個人総合。5種目目の平行棒を終えた時点でオレグ・ベルニャエフがトップ、2位の内村との点差は0.901あった。

内村はコバチ系のはなれ技を3つ取り入れ、さらにその内1つはアドラーひねりから連続することで0.1加点を取り、合計D7.1となる構成を取っていた。

内村はそれをほぼ完璧にこなし、15.800という高得点を出して全演技を終えた。

次はオレグの番だった。Dスコア6.5の構成。内村との差は14.899。予選で15.1点台を出しており、同じように演技が出来れば逃げ切れる点差だった。しかしはなれ技の後の車輪で肘が曲がった。そして着地で大きく前に飛んでしまう。

得点は14.800。0.099点差で内村に逆転を許してしまった。

オレグの鉄棒にはやっぱりコバチは入っていなかった。しかし負けた理由はそこにある訳ではない。肘の曲がりと着地のミス、このどちらかがなかったら逃げ切ることができたかもしれない。

試合後の記者会見で内村は「もう一度オレグと戦ったら勝てる自信がない」とも語っている。

今度オレグに会う時があったらこう聞いてみたい。

「ところでコバチの練習はしているのかい?」と。

 

TEXT : Masaru “TAROKEN” Maeda

About taroken

GymnasticsNews Radio Showのメインパーソナリティ、ライター。 学生時代に体操の選手の経験あり。体操ファン歴は中学生時代から。 静岡県体操協会男子3種審判資格あり。 ポッドキャスターとしては体操の他、Apple製品、IT関連、鉄道系の番組にも出演中。

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