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決意 〜 リオ五輪団体金への道のり 決勝編

演技の直前、田中佑典はふと視線を右上にやった。まるで天井の向こうにある太陽に目をやったかのようにも見えた。あるいは田中には別の何かが見えていたのかもしれない。

平行棒を両手で掴み、何百回も繰り返した動きで倒立に持ち込む。これから、というその時、田中にしては珍しくバーを握り直した。ルールではこれで0.1の減点である。それを承知での握り直しに、わたしはこれまでとは違う何かを感じていた。

 

田中佑典
リオ五輪団体決勝の平行棒、田中佑典は何を思って演技に臨んだのか(写真は2016年NHK杯)

 

仕事と私用の忙しさもあったが、早朝からの男子団体決勝を生で見ようというモチベーションを失っていたわたしは、午後になって Yahoo Japan! のニュースで日本が金メダルに輝いたことを知った。嬉しさよりも驚きが先に立った。何とか夜に時間を作ってレコーダーの再生ボタンを押した。

 

日本は予選を4位で通過し、再びあん馬からのスタートとなっていた。トップの中国との点差は、“たった”の1.167。このわずかな点差に2位アメリカと3位のロシアがひしめいている。

団体予選は5-4-3制のため総得点は6種目×3人=18演技となる。仮に18演技全てが15.000だとすると 15.000×18=270点だ。この中の1.167はほぼ無いに等しい。18演技のうち、1回の落下があればひっくり返ってしまう。

つまり日本はかなりミスを出したが、トップの中国を含め、他国も予選ではけっこうミスを出しているのである。わたしが日本の団体予選の結果を見てモチベーションを失ったのは、全くの早計だったわけだ。

 

加藤凌平のあん馬
加藤凌平のメンタルの強さはリオ五輪でも変わらない。(写真はリオ五輪強化合宿)

 

1種目目のあん馬のスタートは、加藤凌平が14.933とまずまず。内村の安定した演技には15.100が出た。山室に落下があり6位スタートとはなったものの、予選よりもしっかり点が出ている感触だ。

2種目目のつり輪では山室が14点台と期待より低い点になったものの、田中佑典と内村の点は悪くない。中国はあん馬でミスが出て6位に転落、押し上げられるように日本は5位に浮上した。

 

白井健三のシライ/キムヒフン
シライ/キムヒフン(D6.0)を跳ぶ選手が増えてきたが、白井ほどの完成度に到達している選手はまだいない。(写真は2016NHK杯)

 

3種目目の跳馬からは元気の象徴、白井健三が登場する。日本としても我慢の種目を終えて、一気に挽回にかかる。白井がシライ/キムヒフン(D6.0)をぴたりと止めた15.633を最高に、内村、加藤とも15点台をマークし2位に浮上する。

そうして迎えた勝負所の平行棒。意外にも先頭バッターは最も高得点が期待される田中佑典だった。

実は田中は昨年の世界選手権で内村にこう尋ねていた。「来年も僕を必要としてくれますか?」ミスが続いた当時の田中はそこまで自分自身を見失っていた。

団体金メダル獲得に田中の平行棒と鉄棒が必須と考えていた内村はとっさに「何言ってるの?当たり前じゃん」と至極当然というニュアンスで返した。

田中は内村のその言葉に支えられて、ここまで来たのだった。

 

田中佑典のあん馬
田中は自分の肉体を鍛え上げると同時に、自分の心とも戦っていた。(写真はリオ五輪強化合宿)

 

田中は予選での失敗や、弱気な性格から技を抜いてしまう自分を見つめ直した。内村だって疲労が蓄積する中でギリギリの戦いを見せている。今、自分がやるべきことをやらなければ、ここにいる意味がないのだ。

田中の腹は決まった。失敗や減点を恐れず全てを出し切る。

こうして平行棒の演技が始まった。

握り直しの後、予選では落下した棒下マクーツ(G)を成功させる。さらにマクーツ(E)も成功。最も不安な部分を乗り切ったことで田中は波に乗った。着地の屈伸ダブルまでほぼ完璧な演技だった。

 

田中佑典の平行棒
田中佑典の平行棒は世界からも評価が高い。その本領を発揮できれば、必ず得点は出る。(写真は2016NHK杯)

 

田中に晴れ晴れとした顔が戻った。得点は15.900。これで田中もチーム全体も波に乗った。加藤が15.500、内村はややミスがあったものの15.366。これで1位ロシアとの差は1.3まで縮まった。残す2種目は日本が稼ぎどころとする鉄棒とゆか、対するロシアは鉄棒とゆかでは点が取れない。

団体金メダルへの道が拓けて来た。

 

5種目目の鉄棒、トップバッターはここまで演技した全てで安定した得点を出している加藤。ミスなくしのいで15点台を出し内村につなぐ。

内村は予選で落下した屈伸コバチを成功、その後、振り戻りのミスはあったものの、元々のDスコアが高いためかろうじて15点台をキープできた。

 

内村の鉄棒
ミスはあったものの、はなれ技を全て成功させ田中に繋いだ内村(写真は2016NHK杯)

 

そして田中の出番だ。鉄棒をつかんだ時の表情には、これまでにない落ち着きと開き直りのようなものが垣間見えた。大技カッシーナ(G)を成功させた後、予選で抜いてしまったアドラーひねり(D)〜コールマン(F)もしっかりとこなした。高難度のひねり技でDスコアを積み上げた後の着地。小さく両足で1歩飛んだものの、田中としては会心の出来だった。

ひねり技の角度減点があり15.166に留まったものの、これでロシアを逆転し、1位に躍り出た。

 

2016NHK杯田中佑典
田中佑典は自分自身の心に打ち勝つことができた。(写真は2016NHK杯)

 

最終種目のゆか。通常なら最も高得点が期待できる白井健三が最終演技者になるところだが、内村の疲労が回復する時間を稼ぐため、白井がトップバッターを務める変則オーダーだ。初めてのトップバッターにプレッシャーがあったものの、“元気印”白井は自分の演技をやりきった。16.133。演技が終わった時は大きく胸を撫で下ろしていた。こういった感情表現ができるのも白井ならではだ。

 

喜びを露わにする白井健三
白井健三の感情は大きな会場でもよく伝わる(写真は2016全日本個人総合)

 

加藤が安定の演技を見せ、最終演技者の内村のバトンが回って来た。

体力の限界と戦うような演技。内村が日頃目指している着地を全て止めるゆかにはほど遠い。宙返りのたびに1歩、また1歩と足が出る。それでも気力を振り絞って最後の3回ひねりまでやりきった。最後は両足で2回飛んだ。こんな内村の着地を見た記憶はわたしにはなかった。それほどの極限状態での演技だった。

 

得点が出て日本の金メダルが決まった時、田中は内村に跳びついて喜びを分かち合った。表彰台に上がる時、一番大きな声で「やったー」と叫んでいた。

田中がこれまで抑え込んでいた感情を爆発させた瞬間だった。

 

TEXT : Masaru “TAROKEN” Maeda

About taroken

GymnasticsNews Radio Showのメインパーソナリティ、ライター。 学生時代に体操の選手の経験あり。体操ファン歴は中学生時代から。 静岡県体操協会男子3種審判資格あり。 ポッドキャスターとしては体操の他、Apple製品、IT関連、鉄道系の番組にも出演中。

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