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歓声と重圧の中で貫いた“ 齊藤優佑らしさ”

 

「なんだかんだやっぱ、ラブなんだなと(笑)」。

 

体操競技の多くの時間は苦しみだろう。

ケガはつきもので、痛い箇所がない状態で試合に臨む選手のほうが少ない。マメだらけの手、落ちたときはもちろん、着地の際の衝撃、一朝一夕ではとうてい取得することのない技。その苦しみを並べれば切りがない。

それでも、体操の話をするときの無邪気な笑顔を見ると、やはり好きなんだなと思い知らされる。

齊藤優佑の体操への思いは、愛だ。

1月に挙式を挙げたばかりの新婚の齊藤が、まるで長く連れ添った妻の話でもするかのように、体操への思いを語った。

 

「辛いことは辛いんですけど、なんだかんだ僕も30歳までまさか続けているとは思わなかったので。やっぱりここまで続けられるというのは、相当好きじゃないとなかなかないと思うんですよね」。

齊藤優佑選手 徳洲会体操クラブ
楽しいことばかりではない。それでも体操は齊藤を笑顔にする

 

力強い演技からは想像できないほど、優しい声と口調で穏やかに話すのが印象的だ。引退を決断した理由も、暗さよりもむしろ、明るく話してくれた。

「同期は(内村)航平、(山室)光史、カメ(亀山耕平)、僕の4人しかいないんですけど、僕以外の3人は(世界選手権の)代表経験者。僕だけ代表経験がなくて、追いついてやろうという気持ちでずっと頑張ってきたんですけど、やっぱり一度代表になった人が迎える30歳と代表に一度も届かなかった人が迎える30歳はだいぶ気持ちの面で違うなっていうのがあって。僕はちょっと東京オリンピックまでは頑張れないなと思ったんですよね」。

 

リスクは承知で離れ技に挑む。その姿が体操ファンの心をつかんでいた。

だが一方で、世界への切符はなかなかつかめなかった。

そうして迎えた30歳。

節目を迎えるにあたって、精神的にも肉体的にも限界を迎えようとしていた。

 

齊藤優佑選手 徳洲会体操クラブ
失敗と隣り合わせの離れ技には何度も苦しめられた

 

鉄棒に限らず、派手な演技が多かった。国内ではやっている人が少ない技に挑戦する姿は何度となく見ている。人を喜ばせることが好きなのだろう。その性格は演技構成にも大きく関わっている。現役時代は食事などに行く仲だったという植松鉱治もうなずいた。「すごく明るくて、人を楽しませるような人やな」。

大学時代に齊藤の演技を見て、「自分と似ていると感じた」と植松は回想した。そのときは跳馬の演技でそう感じたというが、社会人になり、鉄棒で果敢に離れ技にチャレンジする姿に、自身の引退時に「後継者」としてその名を挙げたほどだ。ケガと戦いながらも観客を引きつける演技に「万全じゃないのに挑戦しようとしている姿というのはすごいなと思った」と語る。

「思ったような練習ができなかったりイライラ感がたまっていく中でも、あきらめないという自分との戦いがあったんやろなというのは、演技から感じられて、すごい感動するものがあるなって」。

齊藤の演技をみて「自分が選手をやっていたころを思い出す部分もあった」という植松は、引退という話を聞き、寂しい気持ちがこみ上げてきたという。だからこそ最後の演技には注目したいと話した。「悔いのないようにしてほしいと思う。自分のやりたいようにやるのか、(難度を落として)成功して終わりたいのか、いろいろな思いがあると思うけど自分の中でベストの選択をしてほしい。そうすることで体操ってホンマに楽しいものやったなと思って体操を終われると思うし、それが“最高の形で自分の体操をやっていたこと”として誇りになると俺は思う」。

齊藤優佑選手 徳洲会体操クラブ
ここ2、3年はケガと戦いながらの日々だった齊藤。それでもチャレンジ精神を常に忘れなかった

 

2012年、齊藤と植松、亀山、小林研也のメンバーで出場したDTBチームカップ男子体操競技大会で団体優勝を果たしている。世界選手権の舞台ではなくとも、日の丸を背負い、頂点に立った。「一緒のチームで戦って、みんな良い雰囲気でいい演技をして優勝したんよ」。このときのことをよく覚えているという植松。違う所属チームでありながら高め合う存在。彼らは皆、長く現役を続けた。自分の最高の演技を求めて――。

齊藤優佑選手 徳洲会体操クラブ
鉄棒のスペシャリストとして何度も観客を沸かせ、見る者をワクワクさせた

 

 

齊藤には忘れられない試合がある。

2017年の種目別選手権、予選。鉄棒の演技中にプロテクターが切れてしまい、異例の「やり直し」があった。2度目の演技時には、他の種目はすべて終わっており、「120%僕に目が向いてた」状態。

「プレッシャーは大きいですよ、本当に。逃げ出したいくらい、すごい。つばも飲み込めないくらい。このへん(のど)がぎゅーっとしますし。すごい緊張するんですけど、やるときはもう全部割り切って振り切ってやりました。あのときの盛り上がりはすっごかったですね」。

極限の集中力。演技中は歓声は聞こえないという。鉄棒のきしむ音、自身が切る風の音。だが、着地した瞬間、世界に色がつく。

「全部きれいに決まって着地が決まっちゃったときはもう、『さー沸け!』みたいな感じ」。

大きな笑顔で振り返るその瞬間は、一生忘れることがないだろう。

その歓声が、拍手が、齊藤優佑という体操人が生きた証。

 

齊藤優佑選手 徳洲会体操クラブ
離れ技の連続。齊藤にとってそれは観客を楽しませるためのものだった。「連続技ってすごく栄えるし、観客もうわーっと沸くので」

 

「いい演技をして着地を止めたあとのどーんと盛り上がるときって、地響きするんです。自分で鳥肌が立っちゃうんですよ。涙がこみ上げそうになるくらい。ほんとに快感」。

くしゃっと笑う齊藤のその表情から、どれほど体操が好きなのかが分かる。

 

「これからも体操と関わっていきたい」。競技生活こそ終えたが、体操への想いが薄れることはない。第二の体操人生をゆっくりと歩き始めた。

 

齊藤優佑選手 徳洲会体操クラブ
齊藤の体操人生を彩った日々が今後も彼を支えていくだろう

 

 

About chiharu

ちはる:スポーツライターとして野球雑誌を中心に活躍中。大学時代に体操競技に携わり、それ以来、”体操愛”に目覚める。独自の人脈で”体操”に関する様々な情報を収集する。

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