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王者vsトップスペシャリスト 究極対談 世界を舞台に活躍するふたりの本音トーク 前編

 

お互いの第一印象は「すごく練習するなあ」
シンクロした思いは練習へのモチベーションに

植松鉱治と内村航平はかつて社会人クラブでともに汗を流したチームメートだ。植松は現役時代、難度の高い鉄棒のはなれ技を4連続で成功させるなど、世界でも類を見ないダイナミックな演技でファンを魅了した。そして現在はアメリカで体操を教えながら語学を学び、アメリカの大学院進学を目指している。一方の内村は世界選手権個人総合6連覇など世界王者として体操界に君臨し、30歳を迎える今も現役として活躍。来年へと迫った東京五輪へ向け練習に励んでいる。
進むべき道は変わったが、世界を舞台に戦い、学生時代からライバルとしてお互いを高め合ってきた仲だ。年の差を感じさせないほど穏やかな雰囲気を放つのは、プライベートでも付き合いがあるからだろう。そんな2人だが、メディアの企画で対談をするのは初めて。体操をよく知る2人だからこそ語り合える本音が聞けた。

 

 

――チームメートだったころ、お互いにどういった存在だったのでしょうか。

植松 体操の神様みたいな感じやったかなあ、やっぱり。すご過ぎて。なんでも考えたことができるっていうのは、本当にすごいなあってずっと思ってたよ。
内村 ちょっと言い過ぎですよね。
植松 いやいやいや(笑)! だけどそうやったよ、正直。これをやろうと思って、できなかったことなんてほぼないでしょ?
内村 まあ、あんまり(ないですね)。
植松 そうやろー。
内村 まあ、まあまあまあ。多分、できないなって思った瞬間にやめていたんで。
植松 そういうことか。だからやろうと思っていたことさえも知らなかったんや(笑)。
内村 多分そうですね(笑)。
植松 あきらめる天才でもあるってことやな。無駄な時間を過ごさない。
内村 そうですね。僕は、大学2年の時にインカレで負けて(※)。そこから同じチームに入りましたが、やっぱり、イメージってあるじゃないですか。植松さんってこういう性格だし見た目もこうだから、あまり練習とかしないんじゃないかなあって勝手に思っていたんですよ。でもいざコナミに入ってみたら「めっちゃするやん」みたいなのがあって。そこはすごく尊敬していたし、僕も練習はするほうだったんですけど、それを見てよりするようになったというのはありましたね。
植松 オレも同じことを思ってた。入ってきたとき、練習しないんだろうなあって思ってたら……。
内村 はははは!
植松 めっちゃするやん! みたいな。「なんであんなにできるん?」ってところまでやるよね。しかも、やればやるほどうまくなるし。それにめっちゃ体操好きなんやなというのをすごく感じた。体操の映像もずっと見たりしてるから、それはすごいなと思ったね。あと、アレを聞いたときはびっくりした。NTC(ナショナルトレーニングセンター)で体操の映像を見てたってやつ。
内村 あー、はいはい、あれね(笑)。
植松 JISS(国立スポーツ科学センター)では過去の試合とかいろいろな選手の競技中の映像が見れるんだけど、選手がどれだけ閲覧しているかが分かるという話になって、一番(内村が)見てた。
内村 2位との差がえぐいくらいぶっちぎりで、僕が閲覧数ナンバーワン。でもそんなこと全然知らなくて。それをみんなの前で言われたんですよね。
植松 はははは。
内村「内村選手がぶっちぎりで閲覧数ナンバーワンです」みたいな。「それ、言う必要あるかなー?」って(苦笑)。変態みたいな言い方されてるな、くらいの感じでしたから。
植松 自分の演技だけを見てたの?
内村 いや、自分のはあまり見ないです。自分が今やっている技とか練習している技とかで、うまい人をみたりとか。ほぼ自分のは見ないですね。
植松 それがすごいなあと思って。このレベルで、誰よりも練習します、誰よりも研究します、ってなったら、「そら、みんな勝たれへんわ」って思った。自分が競技をやっているときも、「絶対内村に勝つし」って言ってたけど、正直、無理なんは知ってるんや。
内村 いやいやいや。
植松 でも言ってしまったら競技者としてはさ……。でも自分ではあかんな、もう無理やなと思ってたんだけど、これを言ったらもううまくなれないわっていうのがあったから、あいつに勝ちたいよ、みたいに言ってたけど。内村にかなう練習量、分析、それを実行、成し遂げる人っていうのはまずおらんなというのは思ってた、正直。

※2008年、植松が仙台大4年、内村が日体大2年の全日本学生体操選手権。個人総合の部で優勝争いを繰り広げた。5種目目の平行棒を終え、内村が0.55差でリードしていたが、最終種目の鉄棒で植松が逆転勝ち。植松は初の個人総合優勝。内村はその敗戦以降、国内外の大会で9年間負けなしだった。

 

リオ五輪以降の気持ちと体の変化
植松が感じた内村の変化と進化

体ひとつで勝負する体操は、年齢が競技人生に大きく影響する。内村ももちろん例外ではない。その転換期を経験している植松だからこそ、人間・内村航平に迫ることができた。

 

モントリオール世界選手権 跳馬の演技を待つ。
2017年のモントリオール世界選手権で跳馬の演技を待つ内村。モチベーションの維持や年齢による体調の変化に苦しみながらも進化を続けている

 

植松 もう30歳やろ? オレは競技を30歳近くまでやったけど、27歳か28歳くらいで「めっちゃしんどいなあ」みたいなのがあったんだけど、そういう時期とかあったの?
内村 27歳です。
植松、内村 はははは!!
植松 やっぱそれくらいなんや。
内村 リオ五輪も27歳のときだったんですけど、そのあとです。27から28歳にかけて全然ダメで、何をやってもしんどくて、「前は普通にできてたのになあ」みたいなことがありました。
植松 それって自分でも分からないよな。
内村 分からないです。
植松 精神的にも別になんもないし、体力的には大丈夫やなって思ってても、「あれ? なんか違うな」って。あとは「回復せえへんぞ?」とか。
内村 そんな感じです。「あれ? 結構寝たのにな」みたいな。寝たとかは回復にあまり関係ないんだなって。
植松 そうそう、そういうのがあるんよね。だけどその原因は誰にも分からないんだよな。
内村 分からないですね。気持ちでもないんですよね。ただ僕は、リオ(五輪)が終わったっていうのもあったと思うんです。気持ち的に上がらないな、みたいな。精神的な部分といえばそうかもしれないですけど。なんかやっぱり、東京オリンピックに出たいと思ってても、まだ4年あるし、と。27歳の段階で。
植松 たしかに、長く感じるよな。
内村 4年かあ……、みたいな。
植松 その年齢からの4年って考えられないよな。でもそこからどう考えるようになったの? その4年という時間をどうやってつぶしていこうって。
内村 とりあえず、やるしかないじゃないですか。だからとりあえずやってみて、なにか変化が出てきたらまた変えていこうかなっていう感じで。
植松 そういうことね。
内村 今までのキャリアは一応あるわけじゃないですか。多分そこに、この4年を当てはめたら終わるなって思ったんですよ。ちょっとずつ変えていって。ただ、大事なところは変えなくてもいいかなっていうのはあるんですけど。
植松 今までのことをやっていったら、絶対ズレがどんどん大きくなっていくもんな。
内村 はい。

ダイナミックな演技で何度も会場を沸かせた植松。特に鉄棒の演技は会場中の注目を集めるほどだった

 

植松 そういうことね。そこを自分で理解して、自己分析力が高いから、それをまた変えながら一番良い状態を保てるんやろうな。そういえばプロになって2年目だよね。やっぱり1年目と2年目で変化はあるの?
内村 ありますね。1年目は、なにも分からないし、自分の中で変化しかないじゃないですか。だから楽しいと思う反面、めっちゃしんどいなって思ったんですよ。半々でした。
植松 どういったことがしんどいなって思ったの?
内村 やっぱり自分がなりたい、やりたいと思って(プロに)なったのに、いざなってみたら、「めっちゃしんどいな」と。今まで練習ばかりしてきたから、練習以外のこともやるのはストレスだってことは分かってたんですけど、ここまでか、みたいな。でも今は、ストレスフリーになったんですよね。
植松 それは1年目でだいたいこんな感じ、っていうのが分かったから次の年も起こりうるという想定が完璧にできていたからだよね。
内村 多分できていましたね。
植松 だって1年目の試合の映像とか見ていてなんか体が重そうやなってずっと思ってたもん。自分でやっててもそんな感じはあったの?
内村 それもあったし、(年齢や五輪が終わったことで)一気に来たっていうのがちょうど重なってたんで。
植松 でも18年は絶頂期くらいの動きでやってるから「どうしたん!?」って思ってた。
内村 そうなんですよ。しんどい状態の中で、さらにケガをしてしまったので、そこでいろいろ変えたんです。今までは走ったりとかしてなかったんですけど。
植松 オレが体操やってたときは走ってる姿を一度も見たことがない!
内村 走ってみたらすごいラクになっていろいろ。ゆかもラクになったし、演技をしていても軽くなったっていうか。

減点の少ない演技が内村の武器。”美しい体操”の代名詞となっている

 

植松 演技中や通しとかのあともラクになったな、みたいな感じとかあるんだ?
内村 はい。(良かったころの自分に)戻ったっていうよりかは、「1つ越えたな」みたいな。
植松 もういっこ越えていったんや、自分の中で。それはすごいな。
内村 戻ることはないじゃないですか。もうここまできたら。
植松 ないな、絶対に。
内村 その中で「越えた」っていう感覚でしたね、18年は。
植松 19年をケガとかなしに進めたとしたら、「もう東京五輪やな」みたいな感じになってくるってことだよね?
内村 そうですね。

 

Profile
植松鉱治●1986年8月30日生まれ。大阪府出身。清風高校、仙台大学を経て2009年コナミスポーツクラブへ進んだ。2010年世界体操選手権大会団体2位、13年全日本種目別鉄棒優勝、14年ドイツワールドカップシリーズ平行棒優勝などの成績を残し29歳で現役を引退。引退後は日本の体操普及のためJSC(日本スポーツ振興センター)から派遣され2年間アメリカで研修し、今年からは体操を教えながらアメリカの大学院進学を目指して語学を勉強している。

内村航平●1989年1月3日生まれ。長崎県出身。東洋高校、日本体育大学を経て2011年社会人クラブへ進んだ。オリンピック3大会(2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ)に出場し、リオデジャネイロ五輪では団体金メダルに貢献。個人総合2連覇含む7つのメダル(金メダル3、銀メダル4)を獲得している。世界体操競技選手権でも世界最多の個人総合6連覇を含む21個のメダル(金メダル10、銀メダル6、銅メダル5)を獲得。16年12月からは体操界では初となるプロ選手となった。

 

王者vsトップスペシャリスト
究極対談 世界を舞台に活躍するふたりの本音トーク 後編に続く

 

Text : Chiharu Abe

Photo :Sohta Kitazawa

About chiharu

ちはる:スポーツライターとして野球雑誌を中心に活躍中。大学時代に体操競技に携わり、それ以来、”体操愛”に目覚める。独自の人脈で”体操”に関する様々な情報を収集する。

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